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森ノ人

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003

米そのものの味を
感じられる酒造りへ

生産者 斉藤 貴志 × 醸造家 北原 亮庫

酒米ではなく、ななつぼしという選択

北原が蘭越町と出会ったのは、米どころであるこの町で酒米の試験栽培が行われていたからだ。本州の品種であったため生育は思わしくなく、相談を受けたことによって、新たな酒造りの発想が生まれた。北原は原料に食用米のななつぼしを選択。化学的に合成された農薬や肥料を使わない有機栽培米による酒造りを構想した。

— 北原 山梨銘醸時代から、農薬と化学肥料を半減した白州の特別栽培米で酒造りをしていました。その酒が全国新酒鑑評会で2年連続金賞を取りました。純米大吟醸といえば、兵庫県の山田錦が最高の原料とされていて、「この米だからあの味になる」という思い込みが業界にはありました。でも、なぜ自分の身の回りにある米を原料にしないのか、ずっと違和感がありました。

ただ量をつくろうとすると無肥料・低農薬に限定できない。産地や生産者の見えない米を買わざるを得ないことにジレンマがありました。蘭越では、特別栽培よりも一歩進めて、すべてを有機栽培にしたいと考えたのです。

有機栽培の生産者を探して

ななつぼしを有機栽培で育てる生産者を探すことは容易ではなかった。酒米の試験栽培でつながった縁を頼りに、多くの生産者に話をしたが、なかなか協力は得られなかった。そんな中で、最後の頼みの綱となったのが斉藤を中心とする若手生産者グループだった。このグループではすでに有機栽培に取り組み、勉強会も行っており、北原の想いに共感した。やがて醸造所への理解が深まるにつれ、新たに有機栽培を始める生産者も現れた。

— 斉藤 らんこし米は尻別川の流域の肥沃な土地で育っており、ブランドとして知られていますが、有機栽培はほとんどありませんでした。ブランド化されていることに満足するのではなく、安心安全もプラスしていきたい。農薬を使わなくても米は育つし、病気にもなりにくい。3年前には国の基準である「有機JAS認証(国の定めた基準を満たした農産物に付けられる認証マーク)」も取りました。

— 北原 安心安全という付加価値があれば経済的にもプラスになるし、田んぼの生態系もよくなります。これまで純米大吟醸の価値は、米を削れるだけ削って、中にあるでんぷん部分だけを抽出することでしたが、過度に精米することなく、米本来の風味を生かすほうが自然。さらに酒米は食用として流通させることは法的に難しいのですが、ななつぼしは米として食べてもらうこともできる。今までできなかった新しい体験も生まれます。
この取り組みには、10軒の生産者が参加しているので、味の違いが見えてくれば、さらに面白いことになると思います。各圃場ごとに土壌分析も行っていて、有機栽培に転換したことによる土壌の変化を定点観測していきたい。らんこし米の価値を高めていきたいと考えています。

— 斉藤 同じ町内でも生産者で味が違うって言われますから、分析結果が楽しみですね。

体を整えるために田んぼも整えなければならない

対談を行った日、斉藤農園の田んぼを訪ねた。隙間なくイネが並ぶ普段見慣れた田んぼと違い、ところどころにミズアオイの花が咲いていた。「除草が追いつかなくて」と笑うが、それは多様な生態系の証でもある。斉藤が有機栽培に目を向けるようになったのは27歳。きっかけの一つは道内にあるオーガニックな農法を行うワイナリーを訪ねたことだ。

— 斉藤 オーナーに話を聞いて衝撃的だったのは、広大な畑で作業員がたった一人だったこと。収穫や剪定などの作業は、ワインを購入する人たちが手伝ってくれると聞きました。自然の循環があって美味しいものができれば、それを求める人は必ずいると確信しました。

もう一つのきっかけは27歳のときに脳腫瘍で手術をしたことです。一度切除したんですが、1年後にまた腫瘍が大きくなってしまった。体が思うように動かなくなって、食や生き方について考え始めました。医食同源という考えを学んで、食べるもので人間は生きていると気付かされました。「体を整えるためには田んぼも整えなければならない」と思いオーガニックに切り替えていきました。

— 北原 僕が27歳のときは、「コンテストでどれだけ上に行くか!」って前に進むことしか考えていませんでした。賞を取らなければ、自分の酒造りのスタイルが正しいことを、まわりに説得できないと思ったからです。それがコロナ禍となったとき、コンテストも開催されなくなって、40歳にさしかかる頃、「このままでいいのか」という想いが沸々と湧いてきました。

— 斉藤 親から農地を受け継いだ後、なんとなく腑に落ちないままに慣行栽培をやっていた頃は、同じように「このままでいいのか」という想いが強くありましたね。仕事と割り切ろうと思っても、農薬を散布することがつらくなっていました。いまは精神的に楽になっているし、理解して買ってくれるお客さんが定着しています。今後は、この栽培方法を広く伝えていきたいですね。オーガニックであれば、すごく大きな面積で栽培しなくてもちゃんと経済が回るはず。新規就農で始めやすいんじゃないかなと思っています。

酒蔵と田んぼの距離が近くなって

今年の春、北原は斉藤の圃場で田植えを体験し、その後も時間を見つけては生育を見守っている。単なる原料を提供するというだけでない関係が生まれており、冬には斉藤が酒造りを手伝う予定だ。

— 斉藤 今まで酒蔵がこんなに身近に感じられたことはありませんでした。以前は米を売った先にいる業者という遠いイメージだったんですよ。でも、北原さんから話を聞き、昔は農閑期に生産者が酒蔵に出稼ぎに行っていたと知りました。

— 北原 僕が子どもの頃は、新潟県の越路町という雪深いところから蔵人が来て、一冬、寮生活をして酒造りをしていました。現在は、工場の温度管理が進んで酒造りの期間が長くなっているので、農家のスケジュールと合わなくなって、出稼ぎという文化は廃れていきました。そんな中、森ノ醸造所は昔ながらのスタイルで冬にしか酒を仕込まないので、今年は斉藤さんが手伝ってくれることになって。

— 斉藤 ねじり鉢巻してね(笑)。生産したものを加工して口に入れるところまでできることが新鮮。携われるのが楽しみです。

— 北原 酒蔵とは地域のハブ的機能があると思っています。仕事をつくるだけでなく、歴史的に見ても、地域のいろいろな相談を受けていた。七賢時代は、月1回酒蔵でマルシェを行っていて、お米だけでなく有機栽培の野菜も販売しました。
森ノ醸造所でも同じように展開をしていきたい。みんながそこに集ったら何かが起こる。そういう場が生まれることを期待しています。

003 Farmer
Saito Farm
斉藤農園 斉藤 貴志 Takashi Saito

1981年蘭越町生まれ。地元の企業で働きつつ実家の農業にも携わり、34歳で農地を継承。2019年から無肥料無農薬による米づくりを始め、2023年に有機JAS認証を取得。地域の若手生産者とともに有機栽培の勉強会も行い、らんこし米の新しい価値づくりを目指す。田んぼで用いる肥料は海藻や牡蠣の殻など自然由来のもの。

www.saitofarm-rankoshi.com

森ノ人