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森ノ人

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300年先の未来へ向かって
いまスタートラインに立つ

木こり 陣内 雄 × 醸造家 北原 亮庫

森をともに歩き、歴史をたどる

まったく縁のなかった蘭越に醸造所をつくるには、森を知る専門家の協力が不可欠だった。移住した北原と妻・真智子は、まず情報を集めようと、ひたすらインターネットで検索を重ねた。その中で注目したのは「森と街のがっこう」(https://www.moritomachi.school)。街の人々が森に関心を持てるよう活動を展開し、その“校長”を務めていたのが陣内だった。北海道各地で森の再生と林業の両立、美しい風景をつくり遊び学ぶ場を生み出す——森の現場からそんな試みに挑む人物だ。

— 北原 Instagramを通じて連絡を取って、最初にオンラインで打ち合わせをしました。2023年10月、一緒に森を歩き、生えている木の種類や森の成り立ち、地形について教えてもらいました。

— 陣内 北海道の森は開拓期に伐採され、1〜3回くらい切られた後に60年ほど放置された場所が多いんです。森ノ醸造所の敷地は、80年近く放置されていたんじゃないかな。沢も多くて高低差もあるので、田んぼに向かず開発が後回しになったのでしょう。いい場所と出会いましたね。

— 北原 木がダイナミックに育っているのが印象的でした。水の流れにも惹かれて。流れがあることで生き物が住み着き、多様性が広がっていきますから。

木を育むことを優先した建築計画

この森のどこに醸造所を建てるのか。陣内は配置計画から関わった。300年先に森の軸となる太い木を残すことを第一に、自然とのバランスの中で場所が決まった。造成や伐採材の加工にも携わり、「建築のために倒した材は捨てずに使い切る」ことを貫いた。

— 陣内 木こりが建築現場にジョインして、評価していただけるという、本当に貴重な機会となりました。まるで森の中にポンッと醸造場を置いたように見えたら最高だと思いました。道路の近くにあった木をすべて切らず、太く成長した木を残し、建物の角度を少し振ることを提案しました。伐採した木の多くは、成長の早いシラカバやドロノキ。虫に喰われて中が腐り寿命を迎えつつある木もありました。これらは製材して内装や家具、カトラリーや薪に生かしています。造成も手がけることになり、木こり仲間に声をかけられるだけかけて取り組みました。通常は表土を剥ぎ取り芝生をふきつけますが、それでは表土を捨てることになります。そこで表土に付着していた笹や切り株を、植栽の代わりに造成地へ移植しました。そこにあるものを何も捨てず、何も持ち込まない造成を目指しました。

— 北原 陣内さんに依頼した大きな理由は、森を育むことと酒蔵を次世代に引き渡すことが密接に関わっていると考えたからです。実家の酒蔵は1750年からの歴史を持ち、そのバトンを受け取った感覚がある。蘭越では僕が初代ですが、同じように未来にバトンを渡すには、まず森が豊かでなければならない。この森が崩れたら、酒蔵の存在価値もなくなってしまうと思います。

— 陣内 森という永遠の時間軸で見れば、自分が関われるのは一瞬です。それでも、なんとか自分が生きている間に、考え方や整備する技術、資金調達、地元とのつながりなど、あらゆる基盤を形づくって、300年くらいは管理が持続するようにしたいんです。そんな森に醸造所があったらめちゃくちゃかっこいい。そこで飲むお酒の味も違うはず。森が豊かになれば水も土もいいわけでしょ。しかも、醸造所をリフォームする時期がきたときに、いい木が取れる。また木材を使って何かつくろうという人も現れる。そういう好循環が生まれると思います。

— 北原 いまは新築なので微生物はいませんが、酒造りを重ねるうちに微生物が住み着く。時間はかかるかもしれませんが、そういうフェーズに入ってくれば、森で育まれた微生物で酒をつくることもできる。そのためには微生物が健全に暮らせる環境づくりも欠かせません。

重機を使わず馬が木を運搬して

2024年4月、まだ雪の残る森ノ醸造所の敷地に大きな馬が現れた。行われたのは伐採した木を馬で運ぶ馬搬。陣内の妻・雅子の発案で、厚真町を拠点に活動する「西埜馬搬」がこの森にやってきた。木の運び出しは、昭和中期に重機に取って代わられたが、ヨーロッパでは自然と共存する環境に優しい林業としていまも盛んに行われている。

— 北原 本当にやってよかったと思います。事前に町の教育委員長にお願いをして、子どもたちを招くことができました。酒蔵ができたことよりも「森で馬にニンジンをあげたな」とか、「木を引っ張っていたな」とか、そんな記憶を残してほしかった。その様子を見ている親たちも笑顔になっていました。

— 陣内 町民と触れ合う機会をつくってくれたことを、馬搬のチームもとても喜んでいました。地域の人から「俺も昔やっていたぞ」とか「道具があるからやるぞ」と声が上がっていたのが印象的でした。眠っていた技術や道具に光が当たり、じいちゃんがヒーローになって。

森と人がつながるためにできること

森ノ醸造所から車で1時間ほどの仁木町には、陣内が2023年に森に建てた一棟貸しのコテージ「CORONTE(コロンテ)」がある。森に人々が集い、その恵を生かし、遊び語らう場になったら。そんな願いを込めたCORONTEは、森ノ醸造所の思想と共鳴する部分も大きいという。

— 陣内 CORONTEを小さな森に建てたのは、木を全て伐採しなくても、森で永続的に経済活動が生まれるモデルをつくりたかったからです。北原さんの森は醸造所ができたことによって守られていきますよね。醸造所によって経済活動が生まれ、その費用で森を守る。お酒の価値を高めつつ、森の価値も高められる関係です。僕は森の姿を開拓前の状態に戻したい。森本来の姿に戻っていけば、ツーリズムも盛んになるし、写真を撮ったり、木の実や草を採ったり、良質な木材を利用したりと、活用の可能性は大きく広がる。何百年もかかるかもしれないけれど、いまスタートしなければ何も始まらない。ヨーロッパでは森を保全することが国にプラスになるという考えがありますが、日本の林業は逆なので民間でやるしかない。自分は日本の林業を変えたいとずっと思っています。

— 北原 とても共感します。僕は日本酒がつくられる過程に疑問と課題を抱いてきました。米づくりにもっと向き合い、田んぼの土壌生物にコミットし、足元に目を向けていけかなければと思ってきました。陣内さんは林業を変えたい、僕は酒造りの世界を変えたい。フィールドは違っても、根っこでしっかりとつながっている。これから醸造所に酒販店やレストランのシェフなど、さまざまな方が訪れるでしょう。そのとき僕らは、地域の米で「Sparkling Sake」をつくるだけでなく、森から話を始める。だからこそユニークでオンリーワンになり得る。

— 陣内 美味しくて、無農薬で体にも良くて、田んぼも森も守れるなら最高じゃないですか! 「乾杯するならこれ!」と木こり推しのお酒になりますね。

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Kikori Builders
木こりビルダーズ 陣内 雄 Takeshi Jinnouchi

1966年札幌生まれ。東京芸術大学建築科卒業。設計事務所勤務などを経て、1993年下川町森林組合に勤務し、同時に音楽活動も行う。2006年に退職し、旭川で道産材を用いた自然住宅を建設。2019年には木こりが建築を行う「木こりビルダーズ」を設立。2023年仁木町に自然素材によるコテージ「CORONTE」を建設。翌年「ずっとみんなの森」を立ち上げ、人が森に集い、森を未来へとつなげる活動を展開。林業に携わる人材の育成も行っている。

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